「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録に当たって


(写真)「ユネスコ世界遺産委員会パブリックビューイング」に出席し、参加者と世界文化遺産登録の喜びを分かち合う(長崎市グラバー園)

「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録を大変喜ばしく思いますとともに、今日の登録に至るまでの関係各位のご努力に対しまして敬意と感謝を申し上げます。

私が長崎県知事時代の10年程前に鹿児島県の伊藤知事から電話があり、「加藤康子氏(現内閣府参与)が明治時代の産業遺産を世界遺産に登録するために活動しており、長崎は特に重要であるから協力して頂けないか」というお話がありました。後日、長崎県庁で加藤氏と島津公保氏(薩摩・島津家の当主)からお話を伺う機会があり、「九州近代化産業遺産群」(当時)も世界遺産登録の可能性があるということで、当時長崎県は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を世界遺産に登録するために最優先で準備を進めていましたが、県としても協力する運びとなりました。 

また、当時私は九州地方知事会で会長職にありましたので、遺産が福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、鹿児島県及び山口県の広範囲にわたることから、九州及び山口県が一体となって世界遺産の登録を目指そうということになり、九州地方知事会として、文化庁に対し、世界遺産登録に向けた暫定リスト入りを提案しました。その後、全国の8県23施設が世界文化遺産登録の候補地とされたことから、国が中心となって登録の手続きが進められることとなりました。これは今までになかったケースであり、長崎県では、私が知事時代に「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の登録に向けて、文化庁との打ち合わせ、資産の中身の見直し、さらには各関連施設との打ち合わせ等々、申請に関する手続に大変な労力を要しましたが、「明治日本の産業革命遺産」ように、8県がそれぞれ申請手続きを行っていたら、このように早くは登録されなかったでしょう。今回、国が主導して取りまとめたことは、安倍内閣が推し進める「地方創生」を実現するためにも、国が中心となって登録を実現しなければならないという強い意思の表れであり、本当に画期的でした。

世界文化遺産登録に至る一連の経緯を簡単に申し上げましたが、正直申し上げまして、10年前には上陸さえ出来なかった廃墟の島であった軍艦島(端島)や稼働中である施設が世界遺産になることは、当時誰が想像していたでしょうか。私は、加藤氏が関係各所とのやりとりに奔走され、私たちが忘れかけていた「日本人の涙ぐましい努力」に再び光を当て、次の世代に伝えるために絶え間ない努力を重ねてこられたことに対し、深甚なる敬意を表したいと思います。

幕末から明治期にかけて、非西洋国である我が国が西洋の技術を取り入れながら、産業国家として飛躍的に発展して成功したことを示す「明治日本の産業革命遺産」。今後、遺産をどう観光振興に活かすのか、田上長崎市長の手腕が問われるところではありますが、管理保全には多額の費用が見込まれるなど、遺産を次世代に引き継ぐために、国・県・市がしっかりと連携をとりながら、取り組まなければなりません。

来年には、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の登録も控えています。久しぶりの明るい話題に、長崎の観光振興にも弾みがつくことが期待されますが、それが一時的なものに終わることなく、長期的な観光振興に結びつけられるように、これからも全力を尽くしてまいる所存です。